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DAWN.part3.

Spec012_1
私とコンピュータの邂逅 その3

【承前】前記のようなWP遍歴を経て、初めて触れたコンピュータは某ソフトハウスの余剰品を拝借した286CPUの9801でした。
未体験の5インチフロッピー・マシンの第一印象は、そのアクセス音の「バチン・バチン・ガッチャン・ガッチャン」という、およそコンピュータらしからぬ物理的で野蛮な「騒音」の大きさでした。MS-DOSのヴァージョンは3.10、「一太郎3」がインストールされていましが変換効率は「文豪」のほうがずいぶん優っていたように思います。なによりスイッチ投入からワードプロセッサ・ソフトを起動させるまでの手続きが「ははぁ、コンピュータとは、かくなるルーチンを必要とするものなのか」と、ハードウェアに対する初歩的な認識を得ることになった貴重な経験でした。
当時は「コンピュータを使用する」=「MS-DOSを理解し駆使する」がほとんど同意義で、また、その知識が無いとコンピュータは実に扱いにくい代物でしたから、しかたなく、アスキー社から出版されていたMS-DOS聖典「入門」「実用」「応用」の3冊を揃えて懸命に研究したものです。

MS-DOSに関する一応の知識を蓄え、これなら「コンピュータを使いこなせる」と確信して購入に踏み切ったコンピュータはNEC-9801DA-U2。その当時としては最先端のクロック20Mhz-80386CPUと1.6MBのメモリに3.5インチFDDを2基備えたモデルでした。なお、クロック20Mhzやメモリ1.6MBなどの単位は書き間違いではありません。WINDOWSがまだ誕生していない時代、標準的であったMS-DOSヴァージョン3.30Cは扱えるメモリの上限が厳密に言うと640KBでしたから、すべてのソフトウェアはその範囲で作られていましたし、まれに存在したそれ以上のメモリ域が必要なアプリケーションにはXMS、EMSとよばれる特別なメモリ・マネージャがシステム・ソフトウェアに添付されていました。FDDが2台装備されているのも現在では奇異に思われるかもしれませんが「固定ディスク」と呼ばせていた「ハードディスク」が非常に高価で普及していなかった時期には、ごく一般的な装備でした。 この当時、メモリは1メガバイトあたり10万円見当の高嶺の花、ハードディスクは1メガバイトにつき5K円程度の価格で「20MB~40MB」が一般的、「100MB」(くれぐれも100ギガではなく、1/1000の単位100メガに御留意)となると「究極・夢の大容量」ハードディスクでした。

9801da011_1 コンピュータと「一太郎」に乗り換えて驚いたことは、「システム・フロッピーディスク」をFDDのAドライヴに入れ「辞書プロッピーディスク」をFDD-Bドライヴに入れて、いざ印字となるとBドライヴを「プリント・フロッピーディスク」に入れ替えなくてはいけませんし、文書をセーヴにする度に、やはりBドライヴのディスクを取っ替えなければならない点が、とにかく煩雑に思えました。WP専用機に慣れ親しんでいた身に一番ストレスを感じたのは「辞書」がFDに存在する以上、必然的に変換する度に漢熟語をFDで検索する「ウー・クッ・クッ・コッ・コッ」というディスク・ドライヴへのアクセス音と変換キーを押してから実際に変換されるまでのタイムラグでした。一太郎は「辞書先読み」という機能により「変換」と入力しようとすると、変換キーを押す以前に「ヘ・ン」の入力が完了した時点でとりあえず「ヘン」に対応する漢字の検索を開始し、次に「カ」と入れた時点で予め「ヘンカ」に続くカナの可能性を求め、先行して辞書をFDに「読み」には行くのですが、それでもWP専用機のROM辞書検索の高速性にはかないませから、変換効率が飛躍的に向上した「一太郎4.3」+最新の32bitマシンにしては、ずいぶんと「頭ワルイ!」とがっかりさせられたものです。【つづく

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文化・芸術」カテゴリの記事

Comments

この時代は640KBの中から、いかに多くのフリーメモリエリアを確保するかが、MS-DOSの理解力・応用力の実力の差で顕著でもあり、CONFIGURATION SYSTEM fileの洗練に日夜、心血を注いで数KBをめぐる攻防を繰り広げておりました。それが楽しくもあったのですが。

それより、本体+15インチ高精細CRT+100MB-HDD+24ドットのピン・プリンタ(ドット・インパクトプリンタなんて使ったことありますか?これまた印字騒音が凄まじくてね。インクジェットなんて、まだありませんでしたよ)を揃えると、優に軽どころか、ちょっとしたコンパクトカー並の価格でした。「一太郎」なんて59800円!もしましたよ。

Posted by: PINK MOZART. | Wednesday, 04 July 2007 at 00:57

PC98・・・これは筋金入りですね(?)。
またも懐かしい名前が登場。
それにしても今日と比較して、
どれほど重くて小容量でしかも高かったか、
改めて感じました。
それが当時最先端のハイテクだったのですが・・・。

Posted by: Site Cafe Rias | Tuesday, 03 July 2007 at 18:13

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