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MacDOWELL:from UNCLE REMUS.

New_hampshire

エドワード・マクダウェル:「アンクル・リーマス」(1896)

 
   With much humor,joyously,
      G.(original=in F)
      2/4. 145bars(original=64bars)
      [duration=3:02]
      based upon provided Standart MIDI file;
      by Courtesy of Mme,SHALON.
      transcrit par PINK MOZART(2008)

少年期の特徴であった「ワクワク感」を表現した音楽には「郷愁感情に国境はないものだ」と、いつもフシギなほどの共感をおぼえてしまいます。
(MacDOWELLが幼時毎年夏を過ごしたNEW HAMPSHIRE州の風景です)

「アンクル・リーマス」は先に公開した「野バラに」とおなじくMacDOWELL作曲2手ピアノ小曲集「森のスケッチ」Woodlamd Sketches.op.51に収められた一曲です。
UNCLE REMUSとはアトランタのジャーナリストJoël Chandler HARRISが想像上のキャラクターの黒人奴隷「リーマスおじさん」が子供達に語って聞かせる口伝全35話動物寓話をまとめて1881年から7巻にわたって発行した童話集です。どのストーリーも非常に教訓的でイソップやフォンテーネの寓話に相通づるものがあり当時の深南部黒人訛りで綴られています。
(こんな言葉を書き連ねて『P.C.じゃないのか?』とヒヤヒヤしています)

「アンクル・リーマス」は全米で大ベストセラーとなり、現在までに少なくとも3本の映画題材に起用され、なかでも1946年にWalt DISNEYによって製作された人物実写とアニメーション合成映画"Song of the South"は特に有名です。
ディズニーランドのスプラッシュマウンテンはこの映画アニメ部分の3つの動物寓話「ウサギどん 家出の巻」「タール人形の巻」「笑いの国の巻」に基づいたアトラクションです。
"Song of the South"は邦題「南部の唄」として昭和26年に公開、現在本国では全米黒人地位向上協会の圧力により公開は禁止されていますが日本ではDVDが販売されています。

なお今回のmp3ファイル製作にあたり、楽友「しゃろん」さんにStandard MIDI fileの提供・使用をお願いし快諾を得ました。
ここに深い謝意を表します。
ロジーナ・しゃろんのMIDI音楽室

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MacDOWELL:To a WILD ROSE.


Macdowell

エドワード・マクダウェル 「野バラに(寄す)」1896

 
      Semplice. con tenerezza,
      A. [duration=1:41]
      2/4. 51bars
      based upon downloaded free MIDI file
      from www.d-score.com
      transcrit par PINK MOZART(2007)

【2008年1月20日追記】
Woodland Sketches:「森のスケッチ」より

from Uncle REMUS「アンクル・リーマス」を公開しました

アメリカのロマン派作曲家マクドウェルの生涯はなかなかに波瀾に満ちておもしろいのでWIKIの英語版を抄訳いたします。

1860年ニューヨークに生まれる、最初のピアノレッスンをマクドウェル家に寄宿していたコロンビア人ヴァイオリニストのホアン・ビトラーゴより受ける。
のちにヴェネズエラのピアニスト、テレサ・カレーニョに習う。
1877年の暮れ、一家はパリへ移り彼はパリ・コンセールヴァトワールに入学を許される。その後ドイツ・フランクフルトのHOCH'SCHE(なんてよむんだろう?ホッフシェかな?)音楽院に作曲とピアノを学び、同院に訪問したフランツ・リストに作品とリストの交響詩のピアノ・リダクション譜を見てもらったことがあるようです。(ただし、褒められたなんて書いてありません)

1884年、マリアンと結婚、フランクフルト、ヴィースバーデンに居をかまえ創作に励みますが経済的に破綻し1888年合衆国に帰国、1904年までコロンビア大学(ニューヨークの真ん真ん中にある、ホラ、あの「いちご白書」の舞台になった大学です)の音楽学教授をつとめます。

1904年にはアメリカ芸術院=American Academy of Arts and Letters(AAAL)の創立会員7人中の一人として選ばれます。
この頃より夏の別荘があったニュー・ハンプシャー州ピーターボローの近くに現在でいうアート・コロニーを建設する構想を温めていましたが同年、馬車の事故により生じた精神障害が進行し晩年は彼の作品を演奏した「メンデルスゾーン・グリークラブ」の経済的援助に支えられながら1908年48歳の若さで亡くなりました。
念願であったアート・コロニーはその前年、夫人のマリアン・マクドウェルにより「マクドウェル・コロニー」として結実し、彼の地に埋葬されています。

WIKIには代表作としてピアノ協奏曲第2番(オラ、しらネ~)四声合唱曲、ピアノ組曲「森のスケッチ」Sea Pieces, New England Idylsを挙げていますが、彼の作品で唯一親しまれている「野バラ」は2手ピアノ組曲「森のスケッチ」全10曲中最初の曲です。
在ドイツ時の作品ですが、この森は「黒い森」の情景ではなく組曲の他の題名=
I. To a Wild Rose - II. Will o' the Wisp - III. At an Old Trysting Place - IV. In Autumn - V. From an Indian Lodge - VI. To a Water-lily - VII. From Uncle Remus - VIII. A Deserted Farm - IX. By a Meadow Brook - X. Told at Sunset
から幼少期の思い出に基づいた作品とわかります。
Wild Roseは野バラと訳されますが植物学的に日本名は「タカネバラ」が正しいようです。

Mdc_a_rgb2_2
なおThe MacDowell Colonyは本年創立100周年を祝し、アーロン・コープランド、レナード・バーンスタインらも一時同コロニーにて創作活動をしたことがあります。

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